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「無方」――アフリカ・ナミブ砂漠

 旅に出たいと思う。日常からほんのすこし抜け出して、異国の大地からエネルギーを貰いたいと思う。第34回蛇笏賞受賞句集『無方』は、アフリカ・ナミブ砂漠での連作から始まる。

   太陽は四季咲の花砂の国

   無方無時無距離砂漠の夜が明けて

   砂漠の木自らの影省略す

   自らを墓標となせり砂漠の木

 津田清子氏は大正9年奈良生まれ。20代で前川佐美雄に短歌を学ぶが、のちに橋本多佳子の七曜句会に出席、多佳子の美しさと俳句表現の直截さに魅かれ師事。「天狼」遠星集にも投句、若くして頭角をあらわす。
 『無方』は『七重』以降ほぼ10年間の作品を纏めた句集であるが、この『七重』あたりから津田氏の句境に変化が見られるとする見方も多い。それは、「師系は大事にしても師風に盲従しなかった」(飯田龍太氏評)津田氏が、「ある時期から、それまでの右に山口誓子、左に橋本多佳子という縛りがとけて、自在の句境を見せはじめた」(宇多喜代子氏評)ということなのであろうか。

   あめつちのいのちさみどり薺粥

   砂山に遊ぶ三日月ほどの恋

   枇杷五つ盛られて最後まで五つ

ところで前掲の砂漠の句は、ほとんどが無季俳句である。有季定型を基本とする「天狼」で学んだ津田氏であるが、この『無方』の無季俳句については次のように語る。
「無季の俳句を作ろうとか有季の俳句を作ろうとか、そうじゃなくて、俳句のほうが先にあるんですよ。季語よりも。俳句のなかに季語以上の哲学があったら、それを無理におさえつけてまで季語を入れなくてもいいと思う」
同感である。ただしこの場合、「季語以上の哲学」というところがポイントとなるが。

  はじめに神砂漠を創り私す

  髑髏磨く砂漠の月日かな

 さて、蛇笏賞受賞句集『無方』は、新聞・雑誌に数多く取り上げられ話題となっているが、坪内稔典氏は「俳句」6月号の現代俳句月評で、その論調に一石投じている。そのタイトルも「えっ、津田清子の砂漠の句がよいって?」。

 句も句集も、読者が千人いれば感じるところも千通り。肝要なのは、ひとの評価を鵜呑みにせずに自分の目で確かめること、と思う。

   

   (「炎環」2000年月号掲載)

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