« 「跣足」―削ぎ落とされた美しさ | トップページ | 締め切り »

「水の記憶」―水のような、風のような

 高浦銘子さんとは、春浅い、まだ風の冷たい日にはじめてお会いした。その日は結社を超えた女性だけの句会があり、たしか席も隣り合わせだったと思う。
 高浦銘子さんは、1960年生、東京女子大学白塔会にて山口青邨・黒田杏子両師に出合う。1990年ラ・メール俳句賞受賞。「藍生」所属。

  遥かなる月の道なり手をひけば

  急ぐことなし月満ちて月欠けて

  月光を乗せては波のとほざかる

 多くの句集は、作句の年代順に配列されていることが多いが、本書は「月」「火」「花」「風」「光」「雪」「水」「鳥」の8つのテーマに依って編まれている。前掲の3句は、その冒頭の月の章から引いたものである。

  こほりつつ溶けつつ春の水となり(水の章より)

  星合の夜のみづうみの深さかな (〃)

  風鈴の音も売られてゆきにけり (風の章より)

  雪やみて雪の匂ひの風吹けり  (雪の章より)

 水のような、風のような、自然で豊かな感性が、集中にあふれている。

  はつゆきと声にも出して眺めけり(雪の章)

  雪原をよぎる雪あり追ひたしと (〃)

  離れしより父のやさしき冬帽子 (〃)

  木の実落つ父母あることをかなしとも(光の章)

 そしてもう一つ、この句集をとおして感じたことは「かなしみ」という言葉であった。「実ありて悲しびをそふる」――そんな言葉を思い起こしたりもした。

 母として、子へ向ける眼差しもまた静かである。

  母と子に固き木の実の降りそめて

  子を抱けば子の匂ひしてみどりの夜

  椎匂ふ夜の玩具のしづけさに

  空に月地にははなびら子の眠り

 第一句集『水を聴く』、第二句集『水の記憶』とつづき、たゆたう「水」がどのように変容し深化していくのか、これからの句境の深まりに注目していたい。

  海鳴つて山鳴つて冬支度かな

  ゆふがほの花のかたちとなりゆけり

  尺蠖にゆきたいところあるらしく

  春満月みどりご高く掲げけり

  雪女郎あらはれさうな戸口かな

  からつぽの冬空に鳥放ちけり

    (「炎環」1999年12月号掲載)

|

« 「跣足」―削ぎ落とされた美しさ | トップページ | 締め切り »

書評」カテゴリの記事