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俳句を贈る Sさんへ

 その人はとてもダンディな人だった。豊かな口髭をたくわえ、文学をこよなく愛し、また酒を愛した。JAZZ、とりわけヘレン・メリルが好きだったSさんは、高円寺でライブハウスを経営している結社誌の編集長の紹介で、私たちの前に現れた。
 俳句への情熱も並々ならぬものがあり、編集長とは「句通」と称して、これまで1500句以上の句を交換している。その「句通」の一部がときどき私のところにもどっさり届けられて、その多作ぶりというか、なんといったらよいか、バイタリティ、俳句へのエネルギーに少なからず驚いたものだ。
 そんなSさんが急に句会に見えなくなった。クモ膜下出血で倒れてしまったのだ。左半身不随。
 入院生活も長期にわたってくると、だんだんに外の世界とは疎遠になってきてしまう。比較的若い人が多く集まってくる私たちの結社では、新しく俳句を始める方も多く、Sさんを知らない人もずいぶん増えた。
 Sさんと私は、句会などでも特にひとより多く話したというわけではなかったが、いつも心のどこかで様子が気にかかっていた。
 「Sさんにお手紙、書いてみようかな……」
 ある日、私は編集長につぶやいた。
 「書いてあげれば。喜ぶよォ」
 夏が過ぎ秋となり、季節は冬に向かっていた。無花果や葡萄、林檎、梨――秋の果物が店先を彩る季節となっていた。私は白い壁が基調の病室にできるだけ暖かい色合いを贈りたいと考え、引き出しの中から、ふくよかな形の富有柿の絵はがきを選んで、万年筆の大きな字で短いメッセージを書いた。
 「……みんなが待っています。早くよくなって下さいね」
 返事はすぐに届いた。
 「……お手紙貰うと本当に嬉しいのです。是非又お手紙下さいね。ぜひ共ネ」
 それから何通の手紙を書いただろう。そして、その数だけ私も手紙をいただいた。たった数行の手紙――それがなかなか書けないときもある。
 クリスマスには、音楽が聞こえるメロディー・カードを贈った。銀座の博品館でたくさんの中から選んだそのカードは、絵が立体的に浮きでるホップアップ・カードで、ボタンを押すと、サンタクロースの衣裳を着た可愛いオーケストラと合唱団の面々が、華やかにクリスマスソングを演奏した。
 思えば「俳縁」というのは、ほんとうに不思議な響きをもつ。私が俳句に出合ったのは、偶然だったのか、必然だったのか、この問いかけは、つねに私の中にある。
 桜のはがき、紫陽花の手紙、向日葵のはがき――季節の移ろいにあわせて、手紙を書きつづけたいと思う。ときには句も添えて。
 九月になったら、どんなはがきを選ぼうか。まんまるい月へ向かって跳ねている、兎のはがきを選ぼうか。

  短夜やJAZZ心音となりゐたる  聡子

   (「NHK俳壇」1999年9月号掲載)

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